宮崎駿VS高畑勲

高畑勲監督が亡くなった
82歳だった
訃報を知ってかなりのショックを受けた
体調を崩し入院されていたことも知らず、勝手に元気にアニメ制作に今もいそしんでいるだろうと思い込んでいたからだ
「パクさん」の愛称で呼ばれた高畑勲監督
あまりに昔からTVアニメなどで知っていたので亡くなったという実感が沸かない
ちょっと高畑監督について語らせてもらいます

突然だが僕は宮崎駿が大好きである
宮崎駿と高畑勲、どっち派かと言われれば断然宮崎派である
ほぼ交互に宮崎監督と高畑監督の作品が公開されていた頃は、次が高畑監督の作品だと正直テンションが下がった
やっぱり地味なんだよな
そんな失礼なことを考えたりした

でも宮崎駿の陰にはつねに高畑勲がいた
二人は切っても切り離せない関係だったと思う
「太陽の王子ホルスの大冒険」「アルプスの少女ハイジ」「母を訪ねて三千里」
二人は数多くの名作を生み出してきた
個人的に好きなのは「ルパン三世1st」
低視聴率のルパンをシリーズ途中で押し付けられた二人
開き直って好き勝手にやったために、非常に自由でエネルギッシュな作品になっている
それがのちに「ルパン三世 カリオストロの城」につながっていく

「未来少年コナン」で宮崎駿は演出家として独り立ちする
僕は「未来少年コナン」が本当に大好きで、今でも宮崎監督の最高傑作だと思っている
宮崎駿のエッセンスの全てが詰め込まれたTV史上最高のアニメだ
のちに日本中で宮崎フィーバが巻き起こった時、高畑監督は何かのインタビューで「自分は宮崎の才能をずっと独占して、彼が世に出るのを無駄に遅らせてしまったのではないかと不安になることがある」と語っていた
確かにそうかも知れない
もっと早く演出家としてデビューしていても全く不思議はなかっただろう
だが、そうなったらおそらく「未来少年コナン」は誕生していなかった気がする
誕生していたとしても全く違ったものになっていたのではないか
そう考えると日本のTV史上最高のアニメ「未来少年コナン」は高畑監督がいなければ生まれていなかった
もはや運命的なものを感じる

僕は高畑監督の作品にはそこまで惹かれないと書いたが「赤毛のアン」は別だ
この全50話のTVシリーズを通して8回は見ている
もともと原作が好きで映画やドラマ、様々な「赤毛のアン」を見たが、このアニメを越えるものは存在しなかった
むしろ原作を余すことなく描いていて、アニメを見たなら原作を読む必要がないのではないかと思うぐらいだ
以前、押井守監督が「赤毛のアン」を見て「あまりに事件が起きないので、これで物語が成立するのかと衝撃を受けた」と語っていた
日常の細部をごまかさずに丹念に描けばドラマは成立する
そんな高畑監督の信念が感じられる

そして宮崎監督と高畑監督、二人のフィルモグラフィがクロスした最高のイベントが「火垂るの墓」と「となりのトトロ」の2本立て上映である
今では考えられない超豪華な2本立て
二人の監督作品が同時に公開されたのは、これが最初で最後である
ちなみにこの2本立て、どっちを先に見るかで天国と地獄を味わえると話題になった
僕は幸い「火垂るの墓」を先に見たのだが、「トトロ」を先に見た人は「火垂るの墓」で天国から地獄に突き落とされた気分を味わったとか
考えただけでも恐ろしい
僕は「となりのトトロ」に熱狂しロマンアルバムや絵コンテ集、ビデオなど買いまくった
実はそれまであまり好きではなかった宮崎作品にハマるきっかけとなった作品である
だが、同時に「火垂るの墓」の容赦ない徹底した描写に恐れおののいた
好きではないが強烈で忘れられない
僕にとって「火垂るの墓」はそんな作品だった
その恐ろしい情念のようなものは今でも生々しく心に刻まれている

宮崎駿と高畑勲
どちらも偉大なアニメ作家であり、お互いがいなければ成り立たない
そんな不思議な関係だ
だが、そんな二人の片方がこの世を去ってしまった
それが本当に残念で寂しくてならない

高畑勲監督、心からご冥福をお祈りいたします

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コメント

  1. aspic より:

    宮崎得意のロリが入っていなければハイジだって三千里だって輝いていなかったろう。地味なだけでおわっていただろう。