Netflixとカンヌ映画祭の対立激化 配信オリジナル作品とは映画なのか?

http://eiga.com/news/20180411/9/
[情報元映画.com ニュース]

Netflixとカンヌ映画祭の対立が激化
カンヌ側は劇場公開しない作品はコンペティション部門に入れられないとNetflix作品を拒否
それに対してNetflix側は他の部門にエントリーしていた5作品を映画祭から引き上げると声明
その中には「ゼロ・グラビティ」のアルフォンソ・キュアロンの新作やボーンシリーズのポール・グリーングラス監督の作品もあったみたい

動画配信サービスの台頭で映画の定義があいまいになってきた気がする
今までは劇場で上映される映画
TVで放映されるTVムービー
他には日本だとVシネマなどがあった

僕は昔、Vシネマを見まくっていた時期があって、その中にはいくつかの名作も存在した
高橋伴明監督の哀川翔主演「鉄砲玉ぴゅー」
原田眞人監督で木村一八主演「タフ」シリーズ
それらは映画館でやってる作品に負けないクォリティーだったと思う
TVムービーでもいくつも名作があって、有名なのはスピルバーグの「激突!」
日本では普通に劇場公開されて、僕もTVムービーだとは気づかなかった

ではTVでやってる2時間ドラマとTVムービーは何が違うのか
正直よく分からない
2時間ドラマでも普通に映画監督が演出してるものもあるし

スピルバーグやクリストファー・ノーランはNetflix作品を映画として認めないと発言している
たとえ素晴らしい出来の作品でも、アカデミー賞ではなくエミー賞に該当すべきだと
彼らはあくまで映画館で上映することにこだわっているらしい
確かに長い歴史を見ても、TVをメインにする作品はTVムービーとされてきた

ではNetflixはどうして賞にこだわるのか
そんなもの気にしないで好きに作品を作ればいいではないか
だが、考えると確かに配信作品が賞を獲った場合のメリットは計り知れない
ちゃんとした映画として認められれば、優秀なクリエイターがさらに集まるだろう
オスカーに無視されるならNetflixでは作りたくないという監督や、出演したくないという俳優もいるだろうから
それにやはり宣伝効果だ
Netflixで配信される作品がちゃんとした映画作品として認められれば、さらに加入者の増加が望めるだろう

そしてNetflix自身も作品に自信があるのだと思う
実際、ウィル・スミスの「ブライト」やボン・ジュノの「オクジャ」など劇場公開されている作品に負けないクォリティーだ
そう考えると賞に固執するのも理解できる

では映画祭の思惑は何なのだろう
カンヌはなぜ配信作品をかたくなに映画として認めようとしないのか
やはり業界の保護の問題だろう
普通に考えれば映画業界にとっては脅威だ
映画を見るならNetflixでいいやということになったら、劇場に足を運ぶ人は減っていく
優秀なクリエイターもそちらに流れ、人材不足にも陥る
業界は衰退し、自分たちの足元が大きく揺らいでしまう
それも決して被害妄想とはいえないだろう
そう考えるとカンヌがNetflix作品を映画として認めるメリットは全くないのかも知れない

結局、皆が自分たちのメリットを最優先で考え、主張しているだけのような気がする
例えばスピルバーグやノーランは配信作品を映画として認めないと言う
でも、それは自分たちが映画を作る環境に困ってないからだ
資金繰りに困っているクリエイターにとってはNetflixの存在はありがたいだろうし、映画として認めてもらいたいだろう
Netflixや映画祭の言い分だってそうだ
自分たちの利益を守るために戦っているのだ
文化がどうとかそういう高尚な戦いではない

個人的には劇場作品と配信作品の垣根を取っ払ってしまってもいいと思う
その方が何となく面白いから(オイ
配信作品を映画として認めるか認めないか
今後の行く末をじっくりと見守りたい

スポンサーリンク
PC用
PC用

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする