本当に危険な映画である
ここ数年では一番かも知れない
アメコミ映画だと気軽なノリで見ると、精神をやられてしまいそうだ
「バットマン」シリーズの悪のカリスマ”ジョーカー”はいかにして誕生したのか?
陰鬱で凄惨な物語である
見ていて気が滅入ること間違いなし
とにかくホアキン・フェニックスのパフォーマンスが素晴らしい
減量した身体に狂気の笑顔
鬼気迫るものがあった
まるで70年代映画のような映像
リアルな演技、重厚な音楽
映画の完成度は相当に高い
そして見終わった時には、ジョーカーの狂気を植え付けられた気分になる
決して気軽に見れる作品ではない
鑑賞するなら精神を汚染されない覚悟が必要だ
予告編
作品情報
作品名「ジョーカー」(原題Joker)
監督:トッド・フィリップス
キャスト:ホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロ、ザジー・ビーツ、フランセス・コンロイ、マーク・マロン
上映時間:122分
製作国:アメリカ(2019年)
ざっくりあらすじ
都会の片隅でピエロの扮装で大道芸をしながら、母親と二人でつつましく暮らしているアーサー・フレック。彼がどうして悪のカリスマ「ジョーカー」へと変貌していったのか?
感想(ここからネタバレ)
「バットマン」シリーズでもっとも有名な悪役”ジョーカー”
その誕生までの壮絶な物語が描かれる
ジョーカー誕生
1981年、ゴッサムシティでアーサー・フレックはピエロの大道芸で生計を立てていた
病弱な母親とのつつましい生活
精神疾患もあるアーサーにとっては、生きていくのは過酷だった
人々を笑顔にしたい
人気司会者のマレー・フランクリンのようなコメディアンになることが、アーサーの夢だった
失業、犯罪、経済的破綻
人々の暮らしは荒れていた
アーサーは同僚から、護衛用だと拳銃を渡された
病院で子供たちの前で大道芸をしている時、アーサーはうっかり拳銃を落としてしまう
それが原因でアーサーは解雇された
陰鬱な気分で地下鉄に乗っていたアーサーは、酔っぱらったビジネスマン3人が女性客に絡んでいるのを目撃する
助け舟を出したアーサーは、今度は自分が絡まれ袋叩きに合う
アーサーは持っていた拳銃で、3人を射殺した
取り返しのつかないことをしてしまったアーサー
翌日、事件は大々的に報じられた
ところが一部の市民はその謎のピエロを、ヒーローとして囃し立てていた………………
ヒーロー映画
アメコミ映画で初となるヴェネチア国際映画祭での金獅子賞を受賞
マーベルすら成し遂げていない快挙である
素晴らしいクォリティだという噂は、公開前から届いていた
ところが、それでも心の中でしょせんはヒーロー映画のスピンオフ、あのメジャーな悪役ジョーカーの誕生物語だという油断があった
ここまで人間の狂気を極限まで描いた作品だったとは
ノーガードでいたところをボコボコにされた気分だ
この映画が危険なのは、あの「バットマン」シリーズで有名なジョーカーの物語であること
これがただの名もなき犯罪者を描いた作品だったなら、作品の質が賞賛されても、映画通など一部の人間が鑑賞するにとどまっていただろう
ところがこれはスーパーヒーロー映画のある意味1作品
バットマン好きなら知らない者はいないジョーカーの映画だ
お気楽な気分で見に行く人が大半だろう
ところがそんなメジャー作品にも関わらず、作り手はいっさい躊躇していない
1人の孤独な男が狂気に陥るまでを、手加減なしで描いている
あまりにもガチすぎるのだ
無防備なところでこの作品を見ると、完全に精神をやられてしまいそうになる
こんな作品を世に出していいのかと心配にすらなった
本当に恐ろしい映画だ
ジョーカー
クリストファー・ノーラン監督は名作「ダークナイト」で、いっさいジョーカーの過去を描かなかった
全てが謎の男
この世の悪意の化身
悪のカリスマ
常識から超越した存在
その神秘性がジョーカーの悪の魅力を際立たせた
「ジョーカー」の過去が明らかになる
この作品のニュースを聞いた時、正直あまり興味が湧かなかった
ジョーカーの悲しい過去や悪に染まった事情など知りたくもない
ジョーカーは超越した存在でなくてはならないのだ
そして、トッド・フィリップス監督によって、ジョーカーは1人の人間として描かれた
それにより、やはりジョーカーの神秘性は薄れた
貧困
孤独
社会からの疎外
悪に陥った理由も、そこまで目新しいものではない
しかし、丁寧に紡がれた物語によって、知らずにアーサーに感情移入してしまう
そして、最初の殺人
アーサーは一線を越えてしまうのだ
ところがその頃には観客は、アーサーのしたことがそれほど悪いことだとは思えなくなっている
彼に降りかかった様々な辛い出来事
女性客に絡む酔っ払いのサラリーマン
こんな奴ら殺してしまっても構わなくないか?
知らずに殺人を肯定してしまうのだ
この作品の恐ろしいのは「バットマン」がいないこと
全てが「ジョーカー」の主観で描かれていることだ
彼の目で見ると、殺人もそれほど悪いことに思えなくなってくる
むかつく奴を殺して何が悪い?
いつの間にか観客にもジョーカーの狂気が伝染してしまっている
劇中、ジョーカーはこんなことをいう
「むかつく奴を殺して、最初は悩むと思っていた。でも、スカッとしただけだった」
その言葉に真実味が感じられるのが恐ろしい
満員電車
職場での人間関係
行列
全くストレスを感じずに生きている人間はいないだろう
様々な辛いことがアーサーに降りかかる
息のつまるような毎日
そして、それら全てのしがらみから解放された時、アーサーは初めて、心からの笑顔を見せる
ジョーカーとして覚醒したアーサーが、長い階段をはずんだ足取りで降りるシーン
素晴らしいカタルシスがある
その時点で観客は、この映画の毒に染められている
本当に危険な映画だ
ホアキン・フェニックス
この作品で特筆すべきは、やはりジョーカーを演じたホアキン・フェニックスだろう
何かに憑りつかれたかのような凄まじい熱演だった
ホアキンはこの作品のために24キロ減量したという
そのやつれた身体も迫力があった
気が早いがアカデミー主演男優賞は決まったのではないかと思えるほどだ
素晴らしいジョーカーを見事に演じたホアキン・フェニックス
しかし、ホアキン自身はもうジョーカーを演じることはなさそうだ
今後、予定されているバットマン作品でジョーカーが登場したとしても、それは別の俳優が演じているだろう
トッド・フィリップス監督はこれは独立した作品で、他のDC映画につなげる気はないと発言している
映画としての完成度
この映画を見ていると、まるで70年代の作品を見ているような錯覚に陥る
特に彷彿とさせるのはマーティン・スコセッシ監督の「タクシードライバー」
1人の孤独な男が狂気に陥るさまが描かれる
トッド・フィリップス監督は「ジョーカー」は「タクシードライバー」や「キング・オブ・コメディ」の影響を受けていると発言している
ロバート・デ・ニーロが出演しているのも、偶然ではないだろう
「ジョーカー」で描かれる暴力はリアルで生々しい
スーパーヒーロー映画のそれとは違う
劇中で出る死人の数ははるかに少ないのに、その一つ一つが忘れられないインパクトを残す
「ジョーカー」はアメコミ映画を、これ以上ないほどリアルに昇華した作品だといえるだろう
スーパーヒーロー映画の歴史の中で、今後も一つの頂点として君臨していくに違いない
演技、演出、撮影、音楽
全てのクォリティが高い
そして、ヒーロー映画という域を逸脱した過激な脚本
世間への悪影響を憂慮して、映画会社がなかなかOKを出さなかったというのも納得がいく
観客は2時間の間、ジョーカーの思考にどっぷりと洗脳される
この作品のあり方は今後も波紋を広げていくに違いない
まとめ
予想以上の問題作
そして、想像以上の完成度だった
これ以上リアルで凄惨なヒーロー映画のスピンオフは出てこないだろう
見終わると常識やしがらみに縛られることが、馬鹿馬鹿しく思えてくる
本当に有毒な作品だ
影響を受けやすい人間は、鑑賞に細心の注意が必要である
それにしてもこの映画を見た後、意味もなく笑いたくなってくる
Rotten Tomatoes
https://www.rottentomatoes.com/m/joker_2019
allcinema
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=368253